2,000年、平成12年は思い出深い年です。介護保険制度が始まった年なんですね。
介護保険制度が必要とされた背景には、日本の高齢化の進展と家族構造の変化がありました。急速な高齢化により、介護を必要とする高齢者が増加する一方で、核家族化の進行や家族の世帯員の就労率の向上(女性の就労の増加)、社会進出により、家族だけで介護を担うことが困難になってきていました。
それまでの措置制度では、行政が必要量を決定する仕組みでした。
具体的な事例を挙げると、要介護状態の高齢者がいる家庭が福祉サービスを受けたい場合、まず行政に申請し、行政が家庭の状況を判断して、サービスの内容や量を決定していました。
例えば、「週2回のデイサービスが必要」と判断されれば、利用者はその回数や施設を選ぶことができず、行政が指定したサービスを受けるしかありませんでした。
行政が、Aデイサービスに行ってください、と指定されていたのです。
また、行政の判断基準が地域によって異なることもあり、サービスの地域格差も問題となっていました。
さらに、今でこそ個性豊かなデイサービスがたくさんあります。リハビリデイサービス、外出支援デイサービスなどなど。
措置制度の頃のデイサービスは市場競争がなかったために、よくも悪くも「どこも同じサービス内容」になりがちでした。
こうした課題を解決するため、日本はドイツの介護保険制度を参考に、医療保険、年金保険、労災保険、雇用保険に次ぐ「5番目の社会保険」として介護保険を導入しました。
新制度では、利用者自身がサービスを選択できるようになりました。
例えば、要介護認定を受けた後、「月曜日は訪問介護、水曜日と金曜日はデイサービス」というように、複数のサービスを組み合わせて選べるようになりました。
また、サービスを提供する事業者も自由に選べるようになり、より自分に合ったケアを受けることが可能になりました。
しかし、介護保険制度にもデメリットがあります。
一つは、利用者の自己負担(1割~3割)が発生することです。
措置制度時代は低所得者の場合、費用負担がほとんどありませんでしたが、介護保険では所得に関係なく負担が必要となります。
また、介護サービスの利用に上限(支給限度額)が設定されており、必要なサービスが十分に受けられない場合もあります。
上限を超える場合には、完全に10割負担のサービス利用となります。
介護保険の重要な理念である「介護の社会化」により、それまで家族が抱え込んでいた介護の負担を、社会全体で支えていく仕組みが整備されました。
サービスの質の向上や選択の自由度が高まった一方で、介護人材の不足や地域によるサービスの格差、保険料の上昇などの新たな課題も生まれています。
長くこの業界にいると、措置制度の頃は良かった。
なんて言葉をたまに聞きますし、確かに上記のようにそういう側面もあります。
それは、自己負担であったり支給限度額という概念により国民に縛りがかかった状態にある、事に対して思うことが多いです。
「今月は治療をたくさんしたので、これ以上の治療は自費になります」という病院はないでしょう。
しかし、総合的に今の社会保障をみると、やはり介護保険制度以後の方が国民にとって、より自由な、より健全な社会保障担ったのではないか、と思えます。
株式会社中央ケアサービス エールハート小岩 山本大勝
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